3月の楽しみも消えた
2011.03.24 Thursday | category:Entertainment
時の谺(こだま)というアルバムを
2011.03.22 Tuesday | category:Entertainment
時の谺(こだま)というアルバムを車で聴いている。先月27日に生まれた娘に会いに夜間自宅と妻の実家とを往復する時に。失礼だがリサ・バティアシヴィリのECHOES OF TIMEというアルバムはついでに買っておいたものだった。グリモーとのデュオが気になってだが、数度聴いただけで長くほっておいた。しかしIRCAMで録音されたというデュオの2曲、ペルトの「鏡の中の鏡」、ラフマニノフの「ヴォカリーズ」。そしてカンチェリの「ヴァイオリンとテープの声のためのV&V」などを車の中で聴いていると、なぜか涙が出そうになるほど感動してしまった。たぶん娘の誕生で気持ちが高揚しているからだと思うが、バティアシヴィリに対しても並々ならぬ思い入れが出来てしまった。
3.11東北関東大震災発生からは特別な気持ちも交えているわけだが、節電した冷たい夜の街の風景を見ながら聴いているのは相変わらずこのアルバムだ。
3.11東北関東大震災
2011.03.21 Monday | category:Life
東北関東大震災被災地の皆様にお見舞い申し上げます。
災害で亡くなられた多くの方々のご冥福をお祈りするとともに、
ご親族の方々にお悔やみ申し上げます。
今年の大雪による被害は、死者107人
重軽傷者合計1273人※(うち65歳以上の死者は70名)に及んだ。
3月11日に発生した東北関東大震災における被害状況は
連日報道されているので記さない。
不幸にも天災に見舞われ、尊い人命や心身の健康などを
奪われることに規模の大小は関係がないと思う。
しかし3.11のような激甚災害において生命や安全、生活や財産、
コミュニティや郷土に被害を受け、日夜恐怖と戦っておられる
被災者の方々の苦しみは想像を超える。
個々の悲しみに加え、集団的な悲しみが横糸となって編み込まれた
被災者の方々の今の気持ちをうかがい知ることは非常に困難だ。
3.11は既に世界に影響を及ぼしている。
今は生活にさほど影響を受けていない地域でも
今後必ず震災の影響と被害を受ける。
私たちすべての日本人が程度に差はあるもののいずれ被害者となり、
次の世代にも辛い思いを受け継がせることとなるだろう。
被災を受けていない私たちが、こういった現実をまず冷静に受けとめ、
覚悟し行動することが必要だと思う。
※総務省消防庁による平成22年11月から平成23年2月7日までの報告。
災害で亡くなられた多くの方々のご冥福をお祈りするとともに、
ご親族の方々にお悔やみ申し上げます。
今年の大雪による被害は、死者107人
重軽傷者合計1273人※(うち65歳以上の死者は70名)に及んだ。
3月11日に発生した東北関東大震災における被害状況は
連日報道されているので記さない。
不幸にも天災に見舞われ、尊い人命や心身の健康などを
奪われることに規模の大小は関係がないと思う。
しかし3.11のような激甚災害において生命や安全、生活や財産、
コミュニティや郷土に被害を受け、日夜恐怖と戦っておられる
被災者の方々の苦しみは想像を超える。
個々の悲しみに加え、集団的な悲しみが横糸となって編み込まれた
被災者の方々の今の気持ちをうかがい知ることは非常に困難だ。
3.11は既に世界に影響を及ぼしている。
今は生活にさほど影響を受けていない地域でも
今後必ず震災の影響と被害を受ける。
私たちすべての日本人が程度に差はあるもののいずれ被害者となり、
次の世代にも辛い思いを受け継がせることとなるだろう。
被災を受けていない私たちが、こういった現実をまず冷静に受けとめ、
覚悟し行動することが必要だと思う。
※総務省消防庁による平成22年11月から平成23年2月7日までの報告。
樹の最初の五日間
2011.03.03 Thursday | category:Children
Infant 27 Feb 2011
青山の岡本太郎記念館を出て夕闇迫る頃妻の実家に着いた。昼過ぎから陣痛が始まっていたようで少し責められた。今日生まれると岡本太郎と同じ日になっちゃう。妻は約1時間ごとの陣痛の間に夕食や入浴を済ませた。9時頃になると陣痛の感覚がかなり短くなってきた。
ぼくと義母は9時からテレ朝のドラマ『遺恨あり』を見ていた。仇討も終わっていよいよ、というところで妻も陣痛に我慢が出来なくなり病院まで行く。しかし1時間くらいの診察後ややフライングということで家に戻った。体力を温存するために横になるがなかなか陣痛の痛みで寝られない。3時をまわったところで再び病院へ行く。今度は入院となり病室で陣痛モニターをつけて待機することになる。周期的な痛みのようだが、男にはわからない痛み。
4時半頃にLDRルームに移動する。LDRとは、陣痛・分娩・回復のことだそうだ。病院には分娩室とLDRがひとつづつあった。少し前にLDRに入った方がいたが、落ち着いてしまったので妻はLDRで出産する権利を得た。これはぼくらにとって結果素晴らしいこととなる。
さてぼくは男性が出産に立ち会うことに否定的であった。立ち会いを勧める友人もいたが、その時になったら退出しようと思っていた。女性に畏敬の念を抱くのであれば外で待つ方が良いという意見に賛成していた。しかしぼくの信念はいささか弱かったようだった。さらにLDRルームに一度入ったら立ち去ることは難しい。分娩室のような物々しさもないし、なにしろ脱出のタイミングがない。これはしてやられたと思った、この時は。
時は確実に進んでいき、1時間後の破水から分娩となり、さらに1時間後の6時半前に娘が誕生した。あっという間の出来事と言うと妻は激怒するが、高齢出産と初産のわりに出産が軽かった、客観的に。もちろんその痛みたるや男の想像の範囲にないことや、10ヶ月の妊娠期間、出産、今後の育児とそれは頭の下がることには違わないが、それでも妻は見ていてクールだなと思うくらい分娩がうまかった。アスリートが自らに貸したハードルを乗り越えて行く様を見るような、そんな清々しさがあった。
妻が気丈だったのでぼくはかなり助けられ、立ち会い出産をなんとかこなせたのだと思う。助産師は撮影のキュー出しをしてくれ新米父親のリードもしてくれた。妻のお腹の上に娘がのった瞬間は、ただただ感動的だった。娘は口などを漱がれた後、1時間以上LDRルームで3人だけで至福の時を過ごすことができた。カーテンの隙間から外は気持ちの良い青空となっていることがわかった。娘の名は、樹(いつき)とすることにしていた。
28 Feb 2011
二日目は面会時間内ぎりぎりに着いた。8時過ぎだというのに樹は絶好調で遊んでくれた。
昨日も思ったのだが、うちの子はどうも新生児っぽくない。3160グラムと標準よりちょっと大きいだけなのにすごくしっかりしている。抱いていても全然怖くない。それどころか手も足も、首もバタバタと動かす。一日ぶりの再会は起きていてくれたのでとても嬉しかった。
1 Mar 2011
三日目は沐浴の実習があったようだ。新生児の中から娘が沐浴の実験台、というかモデルに選ばれたそうだ。泣くことも暴れることもなく無事お役目を果たしたよう。
2 Mar 2011
四日目。妻が編んだおくるみにくるまれて。目が見えているような視線が不思議だ。
3 Mar 2011
五日目は退院の日。生まれた27日は日中18度になる温かい一日だったが、今日3月3日は晴れだがすこぶる寒い。病室はかなり温かく赤ちゃんはぐっすり寝ている。さあお外へ行こう。