スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| スポンサードリンク | | - | - | pookmark |
Entry: main  << >>
日本人の美意識
Narata Dec 2008
Narata Dec 2008
外国から日本を訪れるものは、殆ど例外なく、バスの運転手の頭上に、本物、あるいは造花を入れた小さな花入れ、あるいはトイレットの壁の花籠から、優雅に垂れている花を見るだろう。中略 外国からの訪問者は、こうした光景を見て驚くのである。美的感覚がそれほど広く行き届いていることが、いかにも不思議だからだ。
ドナルド・キーン著『日本人の美意識』の冒頭部分の一説だが、最近になってやっと氏の視線に共感を感じられるようになってきた。日本のパブリックスペースというのはどうも美的感覚に乏しいと思う。役所、学校、病院、図書館、駅など公的施設の箱物って発注する役人の美的レベルが低いせいか陸なものがない。でも役人が発注する箱物はとてつもなく多い。役人が無責任に箱物を作る我が国の公的空間は、他国に比べとても恥ずかしい状況にある。そういう思いでいるとどうも素直にバスの運転席やトイレの花を見る視線に偏見が生じる。だがそこは分離して見みるということがわかってきた。高速道路のサービスエリアのトイレに飾られた花や観葉植物。大概はそれ自体非常にささいな物であることが多いが、その行為は日本人の美的感覚ゆえなのだ。しかし寒椿の一枝が牛乳瓶に投込まれたのを見たときはハッとした覚えがある。なんとも渋いと。西洋モダニズムはこのような闇の中に美を作り出さない。よって利休のような掃除のおばちゃんも生まないのかもしれない。
| Toru Tachizawa | 22:52 | - | - | pookmark |
スポンサーサイト
| スポンサードリンク | 22:52 | - | - | pookmark |

Calendar

 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< July 2019 >>

Profile

 

Search

Entry

Archives

Category

Link

Feed

Others

無料ブログ作成サービス JUGEM

Sponsored Links

Mobile

qrcode