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翡色と呼ばれる高麗青磁は花曇りの空の色
Okamoto 2 Dec 2011
翡色と呼ばれる高麗青磁は花曇りの空の色。ところどころ現れる釉だまりに青磁の色が感じられるが、全体的にはうすい灰色をしている。でもそこが奥ゆかしくて美しい。
写真の白磁も青磁の翠(みどり)とは違うが、青味を帯びた灰白色の肌がこちらを吸い込むような透明感を持っている。10ヶ月になる娘の白目がそのような色をしていると思った。
※古くは青、緑のほか蒼白や灰色も含めて青と言った。(大辞林)
| Toru Tachizawa | 01:15 | - | - | pookmark |
大型の台風15号が本州に上陸する
21 Sep 2011
大型の台風15号が本州に上陸するという今日 KAAT 神奈川芸術劇場でトリエンナーレの一貫として野村万作・萬斎・杉本博司「神秘域」が19時から開演になる。事務所で見ていたKAATのホームページでは強行公演と。小田急電鉄が運転を見合わせた、台風は静岡に上陸、勢力を保ったまま進路は関東へという情報が。まだ早いが東横線学芸大駅から急行へ乗る。ラッシュにはまだ間がある時間だが自由が丘駅からは混雑気味の車内。そして多摩川園駅で当駅で運転を見合わせるという車内アナウンス。なんでも多摩川にて風速25メートルを観測したという。が数分後、超満員に膨れ上がった電車は動き、多摩川の鉄橋を渡った。しかし次の駅武蔵小杉駅で東急東横全線の運転を見合わせるとの放送。万事休す。武蔵小杉駅から他の交通手段もなく、開演約2時間前にしてリタイヤ。駅構内の東急ストアは深夜まで営業しているそうだし、構内に他の帰宅難民の人々と座ってスーパーで買ったお寿司を食べる。あと20分早く会社を出ていたら横浜に着いて、「神秘域」を観て、台風が過ぎた中華街でラーメンでも食べて、空いている東横線で帰って、駅からは傘もささずに家に着いたのだろうけど、実際はその時間を武蔵小杉駅構内で本を読んで過ごした。狂言のような話し!
| Toru Tachizawa | 23:07 | - | - | pookmark |
杉本文楽
KAAT 15 Aug 2011
杉本文楽 木偶坊入情 曾根崎心中 付り観音廻り3月公演予定だったが震災の影響で中止になった。KAATこと神奈川芸術劇場も同時に杮落しの予定作品を失ったわけだ。そして月日が経ち杉本文楽は3日間の復活公演を開催することになった。お盆にかさなったせいか、やや足が遅かったようで3月公演の時よりも良い席、1階11列15番が確保できていた。
座席配置が可変するホールで今回標準的な座席配置だとチケットを購入時に知ったが、1階センターブロック8列までの中央の席が5席程度取り除かれ、花道の様な張り出しステージが設えてあった。9列というシートがないので、ぼくは前列から二番目、能で言ったら目付柱といった席だった。しかし何より驚いたのは、真っ暗闇の中に花道のみがスポットライトで浮かび上がり、深紅のシートクッションのみが整然と並んだ異様な光景だった。ホールに杉本さんの意向があるのかと思われたほどである。すでに杉本劇場ははじまっていた。
文楽や歌舞伎の様に隅々まで光がまわった劇場ではなく、また書割りを使わない舞台というのがわかった。闇から一人遣いの人形が現れ、三味線の前奏曲とスクリーンでの映像という冒頭のお初の観音廻りの段は、クオリティは高いがアングラ劇の様に思えた。それは好きな演出だから面白く思えた。人形遣いは皆黒衣だが、文楽特有の手摺がないので、常に全身が見えることになる。舞台と席との距離の問題もあるのかもしれないが、黒衣でも3人の男の全身があるというのはかえって人形に集中出来ないように感じた。本来照明があたっていても黒衣の存在は無しとする約束事。ゆえに照明を当てないのに黒衣とはいかに。リアリズムと決まり事が交通整理されていないような気がした。また主遣いは舞台下駄を履いて高さを調節し、足遣いを良くし、人形に足の動きを与える。人形の動きよりも、主、左、足遣いの人間の6本の足が動きまわるのというのはあまり美しい様とは思えなかった。そして主遣いの顔が見えても見えないのが文楽だと思う。それは単に顔ではなく気配なのだから、そこに関しては良い試みとはぼくには思えなかった。
舞台には書割りの代わりとなる、仏像、鳥居、光琳の紅梅白梅図もどきの暖簾、引き戸などが効果的に配置された。それらの象徴的なオブジェは見事であり、特に道行きでの橋の欄干は極めて美しく、エロスから生死、魂の浄化を強く印象づける清い橋だった。美術には高い見識と美意識、ユーモアもあり杉本好みを堪能できた。しかし心中の場、曽根崎天神の森を自らの作品、松林図2001(皇居の松)にし一双のスクリーンに写し出したのは頂けなかったと思う。天満屋の段切を勤めた嶋大夫と清治の組み合わせもいまいち盛り上がりに欠け単調だったのも残念だったところ。2010年の2月の文楽のほうが…。
| Toru Tachizawa | 23:21 | - | - | pookmark |
グルーヴする樹は
gggg 4 Aug 2011

gggg 4 Aug 2011

Ginza 4 Aug 2011
グルーヴする樹はグルーヴィジョンズが好き。そして銀座も好きらしい。困ったものだ。
[ジー ジー ジー ジー] グルーヴィジョンズ展
ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)
2011年8月4日(木)− 8月27日(土)
| Toru Tachizawa | 22:53 | - | - | pookmark |
鎌倉詣と石巻写真展
Kamakura 14 Jul 2011
鎌倉の大好きな天神様、荏柄天神社に近くのうどん三昧とく彦さん
Kamakura 14 Jul 2011
梅の頃も良いけど、初夏に尋ねてもとても良い天神様。
Kamakura 14 Jul 2011
寅堂で開催している石巻ボランティアチャリティ写真展を訪ねる。写真家有人氏がボランティアをしながら、そこで生活をしていかなければならない立場の人々とボランティアの人々を写したもの。それらは少し暖かみのある温度感で写っているように思えた。大震災を消化出来ずとも、生活に追われることで、かえってあのような惨劇から一瞬目をそれさせるかのように、人は自らを前に動かしているような、そんな気配が写しだされているように感じた。もちろんそれはある種の興奮状態のようなものであるのかもしれないし、覚めた時が本当に怖いのかもしれない。しかし絶望の縁にあって、どこか明るい被災者が写真のなかにあったように思える。カラープリントも真摯で精密でテライが無く好感が持てた。
山田さんのお孫さんのお姉さんたちに緊張気味の樹?
| Toru Tachizawa | 22:17 | - | - | pookmark |
五月文楽

国立劇場
National Theatre of Japan 16 May 2011
吉田和生氏
National Theatre of Japan  16 May 2011
桐竹勘十郎氏

五月文楽は、まずホワイエで東日本大震災義援金の募金活動をされているのが目についた。二月文楽の後に大震災が起こり、杉本文楽をはじめいくつかのイベントやコンサートなどが中止となった。このところ余震も少なくなりはしたものの、被災地、原発関連のことなど、震災の問題はほとんどその解決をみていないどころか、糸口さえ見つからぬことさえ少なくないと聞く。「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」を一時的にせよ公使することが困難な状況にある被災地の皆様には申し訳ないが、五月文楽の一部と二部を一日で観た。朝から晩まで国立劇場の狭くて電車の椅子のようなシートに悩まされながらも、一部の源平布引滝の実盛物語の段では、そりゃいくらなんでも話が出来過ぎだわ、と思いつつも知らず感動を覚え、二部の生写朝顔話の宿場の段の豊竹嶋大夫の迫力は文楽って凄いと思った。
文楽の中では幸福追求に生きる人物は少なく、むしろ忠義、情愛によって自らの幸福追求を犠牲にし、命さえ捨てることもある。心中という行為にしても肯定は出来ずとも、現代的な個人の幸福追求のかたちとは違うものであるように思える。それらを近代以前の太古こととして封印してきたが、はたして現代の自由及び幸福追求が本当に人や社会を幸せにするか、文楽のような古典芸能がヒントとなって教えてくれることが多いのではないだろうか。
| Toru Tachizawa | 03:30 | - | - | pookmark |
3月の楽しみも消えた
Performance discontinuance Mar 2011
| Toru Tachizawa | 11:50 | - | - | pookmark |
時の谺(こだま)というアルバムを
ECHOES OF TIME Mar 2011
時の谺(こだま)というアルバムを車で聴いている。先月27日に生まれた娘に会いに夜間自宅と妻の実家とを往復する時に。失礼だがリサ・バティアシヴィリのECHOES OF TIMEというアルバムはついでに買っておいたものだった。グリモーとのデュオが気になってだが、数度聴いただけで長くほっておいた。しかしIRCAMで録音されたというデュオの2曲、ペルトの「鏡の中の鏡」、ラフマニノフの「ヴォカリーズ」。そしてカンチェリの「ヴァイオリンとテープの声のためのV&V」などを車の中で聴いていると、なぜか涙が出そうになるほど感動してしまった。たぶん娘の誕生で気持ちが高揚しているからだと思うが、バティアシヴィリに対しても並々ならぬ思い入れが出来てしまった。
3.11東北関東大震災発生からは特別な気持ちも交えているわけだが、節電した冷たい夜の街の風景を見ながら聴いているのは相変わらずこのアルバムだ。
| Toru Tachizawa | 22:22 | - | - | pookmark |
その日岡本太郎記念館は
TARO100祭 26 Feb 2011
その日岡本太郎記念館はTARO100祭、また生誕記念日ということで人でごった返していた。里帰り出産のため実家に帰っている妻のところへ行く前にちょっと立ち寄ってみるつもりがだいぶ時間がかかってしまった。予定日は3月5日、まだ一週間ある。と思っていた。
| Toru Tachizawa | 20:26 | - | - | pookmark |
国立劇場二月文楽のポスターを見て

蘆屋道満大内鑑 Feb 2011
国立劇場二月文楽のポスターを地下鉄駅構内で見て、とても良いなと思い来月の杉本文楽の予行練習くらいに思ってたのだけど、結局ハマって上演3部とも全て聴いてしまった。文楽には以前から興味はあったが生で鑑賞したのは今回はじめて。劇場はリビング観劇と違い、お尻が痛いし疲れるけど、やはりえにも言われぬ良さがある。まず光が良い。義経千本桜の道行初音旅「とざいと〜ざい〜」東西声を聞きながら紅白幕を見つめていると大夫の口上と共に幕が落ち、静御前と狐(義経四天王佐藤忠信)が歩く桜が満開の吉野の風景が開ける。紅白幕の後に春の吉野山。この情緒いっぱいの色彩感覚たるや日本人にとって実に好ましいと思える初手のやり口なのではないだろうか。そしてその光景は劇場でこそ多いに味わえるというものだ。あとは何といっても音である。文楽は聴くものと言うが大夫の肉声の大小がきちんと伝わるようになっている。語り、三味線、時にお囃子、これら音響空間が文楽だと思う。能には能の、文楽には文楽の、歌舞伎には歌舞伎の音というものがあり、それぞれに固有の特性があると思う。文楽は、肉声と三味線のリサイタルのような感じがすると言うと飛躍し過ぎるだろうか。
さてポスターと同一のちらしは、蘆屋道満大内鑑の蘭菊の乱れの段での葛の葉。彼女の手に注目してほしい。日本人ならわかるはず、その正体が。ぼくはこのちらしにいたずらをし、わかりやすくしたけど。葛の葉は三つ紋の稲荷朱の衣の下に、白狐に狐火の柄の付け下げを着ている。人形はしゃべらないが、仕掛けや動き、身につけた図像など、記号の勢ぞろいとなって雄弁だ。

| Toru Tachizawa | 21:00 | - | - | pookmark |

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